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chapter,3 + 2 +

last update Veröffentlichungsdatum: 17.03.2026 12:38:27

「それで、彼女に白羽の矢が立ったのか?」

「さあね。雨龍ならもう情報手にしているかと思ったんだけど、狸はまだ何も言っていないのね」

 地域医療センターでは診療領域で問題があるからと、茜里を勧めたのはきっと天の父親だろう。彼は小手鞠を保護するという名目のもと、転院を強要させたに違いない。死にたがりの彼女を生かしつづけるため。

 ーーそして、あわよくば彼女の腹に雨龍の子を孕ませるため。

 前時代的な信仰が息づくこの地域では、選ばれし女神の器に優れた男を差し出すという奇妙な風習が残っている。子を為せば一族の栄華が約束され、諸神の一員として迎えられる……けれど、諸神を裏切った人間との間に子を為させることは、この世の終焉に値するとも信じられている。

「ああ」

「……諸見里に気をつけて。彼らに奪われることだけは避けなくてはいけない。それならば雨龍、あなたが」

「よせよ。十八の小娘、しかも高次脳機能障害が残ってるんだろ? 俺にそんな趣味はない」

「……どうかしら。最悪の事態としてよ、それは」
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  • 闇堕ちしたエリート医師は一途に禁断の果実を希う   chapter,3 + 7 +

     小手毬が転院してからの自由は早咲の元で脳神経外科の指導を受けていた。仕事で忙しい早咲と、彼の子を妊娠中の優璃は入籍だけ済ませている。結婚式を行うのかと自由が問えば「そのつもりはありません」とあっさり返された。結婚資金を貯めていた優璃が小手毬のために償ったことを知っているだけに、自由はそれ以上何も言えなくなる。「そういう君は、亜桜さんとなにか約束でもされていたのですか」 「……約束、ですかね」 小手毬は自由のお嫁さんになりたいと幼い頃に言ってくれたが、いまもそう思っていてくれるだろうか。  事故によって記憶が混濁していた彼女は、治療の結果、十六歳の夏に戻ってきた。身体はもうすぐ十九歳の誕生日を迎えようとしているけれど。「早咲先生は」 「患者のプライバシーに関わることは言いませんよ」 「でも、知ってらした。桜庭雪之丞――小手毬のほんとうの父親のことを」 MRIの画像を確認しながら、自由は反芻する。  ユキノジョーのおじさん、と小手毬は言っていたが、彼は彼女の父親だ。  諸見里本家とは土地を巡って衝突しあっていた桜庭一族は、この土地から生まれた怪物だと祖父がこぼしていた。  なかでも雪之丞は、赤根の四季から零れ落ちた冬の異端者だ。  彼はこの土地で細々と伝承されていた“諸神”に目をつけ、巫である亜桜家に接触した。  信仰を金儲けの道具にした雪之丞は、はじめのうち渋っていた亜桜家を金によって懐柔していく。  かつては諸見里の人間に不思議なちからを与え、栄華に導いていたという亜桜家は、いつしか赤根家の四季に囲われていた。「そもそも“|諸神《もろかみ》”は、土着神でもなんでもない、八百万のどこにでもいる神様のこととして受け継がれています。けれど、“諸見里”がかかわる“|諸神《もろがみ》”はそれとは別の、特殊な存在なんです」 「ほう」 「亜桜家はその、氏神のような“諸神”を顕現させることができる巫の一族として、界隈では知られています」 政治と宗教の話はタブーだ、という古くからの慣習で、自由もふだん自分の親戚にそのような人間がいること

  • 闇堕ちしたエリート医師は一途に禁断の果実を希う   chapter,3 + 6 +

     目に見えない力というものは確実に存在していると、幼い頃から自由は思っていた。その力に抗うことは困難で、定められた運命なのだと諦観していた。産みの母が神社の娘だったから、というのもあるのだろう。なぜ医師の父と結婚したのか、自由を産んでから姿を消したのか、謎を残したまま彼女は死んだという。その後父はすぐに後妻を迎えており、自由は彼女によって育てられた。  女神を手元においておけば安泰だったのにと本家の祖父が毒づいていたのが気になったが、父に聞いても答えはなかった。自分の母が女神などと称され、その土地の人々から崇められていたことなど、自由は知らなかったのだ。 幼い頃に死別したといわれる母、諸見里雛菊(ひなぎく)との思い出を自由はほとんど持っていない。  だが、母の死を伝えに来た親子との出逢いが、自由の未来を変えていくことになる。「あたし、コデマリ!」 諸見里本家から紹介された幼い少女は、自由の母方である珍しい姓――亜桜の娘だと言われた。自由と年齢が近いから遊び相手になってくれと頼まれ、渋々承諾したのを覚えている。年齢が近いとはいえ、自由の方がふたつ年上になる。当初は遊び相手というより彼女の世話焼きに奔走していることの方が多かった。なんせ自由が小学校一年生にあがった頃のことだ。四歳の女の子は彼にとって未知なる生物だった。  けれど、兄のように慕われ、何年も一緒にいると戸惑いも薄れ、喜びが顔を出すようになる。泣いている顔や怒っている顔も愛らしく、いつまでも眺めていたくなるほどだった。人懐っこくておしゃべりな小手鞠は自由と一緒にいるのがいちばん楽しいと言ってくれた。ずっとこうしていたいとも。  ――幼馴染同士、傍にいて安らげる唯一の異性。  自由はそう思っていた。これからもこの先もずっと一緒にいられるよう、周りのオトナを黙らせるため、優秀な成績を保持し続けた。父と同じ医師になり、跡を継ぐという目標と同時に、小手毬を自分のお嫁さんにするという願望が生まれ育った。 小手毬を異性として意識するようになったのは、彼女が「ジユウお兄ちゃんのお嫁さんになる!」と言ったから。だけど、そのときの自分たちは十歳と十二歳で、結婚がどういうことなのかも

  • 闇堕ちしたエリート医師は一途に禁断の果実を希う   chapter,3 + 5 +

     一方、第二院長室に通された加藤木はうんざりした表情でほうじ茶を啜っていた。「……まるで閉鎖病棟ね」 「それは光栄です」 「ほめてないわよ」 いつぞやのやりとりを反復したかのような言動に、加藤木がため息をつく。  それにしてもどうして貴女がここにいるんだと毒づく加藤木に、天はくすりと笑っている。「たまたまお休みの日だったから立ち寄っただけよ。夕方には帰るわ」 「あー、そういえばご実家でしたね」 院長室という名前だが、黒いレザーのソファとガラスの机が設置された応接セットと、青々と葉を繁らせている観葉植物、空間が目立つ本棚などからどちらかといえば来客を通すための貴賓室なのだろうと加藤木は推測する。茜里病院は楢篠天が生まれ育った場所でもある。彼女のことだから家を出てからも鍵を持っていたのだろう。とある事情で実家を飛び出してきたとはいえ。  つまらなそうに応じる加藤木に、天もふうと息を吹きかけながらほうじ茶を啜る。「……検査に連れ出されたの陸奥先生の方だったか」 「ごめんなさいね陸奥先生じゃなくて」 「まあいいわ。陸奥先生ならコデマリを苦しめるようなことはしないだろうから」 「……?」 首を傾げる加藤木に、天が苦笑する。あちこちを嗅ぎまわっているくせに、彼女はときに鈍感な反応を見せる。白か黒かしっかり物事を弁えたい天にとって、加藤木は敵にも味方にもなりうる稀有な存在だ。それゆえに意地悪したくもなる。加藤木や陸奥からすれば、天の生家である赤根のやり方は常識外れで、医療行為から逸脱したものと捉えられてもおかしくない。  だが、それよりも厄介な――諸見里の人間に小手毬を奪われるわけにはいかないのだ。実家と訣別したとはいえ、天はその考えには賛成していた。だから今回、例外的に従弟である雨龍に釘をさすために実家へ戻ったのである。ほかの人間とは極力顔を合わせず、信頼できる元婚約者の彼なら、コデマリを託せるだろうから。「加藤木先生。本家については調査済みかしら」 「それは赤根本家の? それとも諸見里本家の?」 「どっちもと言いたいところだ

  • 闇堕ちしたエリート医師は一途に禁断の果実を希う   chapter,3 + 4 +

    「ーーとなります、よろしいですか」 清尾に話を振られて小手鞠はきょとんとした表情で頷き、愕然としている陸奥と加藤木を見て首を傾げる。「あの」 「基本的にこちらの入院棟には認められた担当医と数人の医師、看護師だけが入ることを認められております。尚、亜桜さまの手荷物および装束はすべて回収、しかるべき検査を終え次第、返却される予定です」 「はぁ」 「それでは、さっそくですが棟内部へ入る際の基本的な検査に入りたいと思います。陸奥先生、加藤木先生のお二方にもご協力願います」 郷に入ったら郷に従え、と言わんばかりに清尾は陸奥と加藤木を促し、車椅子から小手鞠を下ろさせる。必然的に陸奥にお姫様抱っこされる形になった小手鞠は、いまになって自分の身に起ころうとしている検査がただならぬものであることを悟り、顔を赤らめる。「それでは、陸奥先生、亜桜さまを第一診察室へ。加藤木先生は車椅子を入口へ戻した後、第一外来棟にある第二院長室でお待ちください」 「瀬尾先生、検査についてですが」 「立ち会いは担当医ひとりで結構です」 加藤木が反論する以前にぴしゃりと言い放つ瀬尾に、小手鞠がびくりと震える。それを見て、つまらなそうに瀬尾は呟く。「第一診察室に入りましたら、機械による案内を開始します。わたしは外で機械操作および外部カメラの調整を行いますのでお気になさらず」 「……了解した」 ずっと黙ったままの陸奥が押し殺した声で応じれば、清尾はふん、と鼻で嗤う。  その嘲るような行動を見て、陸奥がぴくりと眉を動かしたが、清尾は無表情のままだ。  加藤木が会釈をして車椅子を運んでいくのを見送り、清尾と陸奥は視線を合わせることなく茜里第二病院と呼ばれる特殊病棟へと足を踏み入れる。 ーー特殊病棟、とは聞いていたけれど……へんなの。 しん、と静まり返った棟内に清尾と陸奥の足音だけが響く。陸奥に抱き抱えられたままの小手鞠はきょろきょろと視線だけをさ迷わせ、昨日まで入院していた地域医療センターとは異なる特別な病院をおとなしく観察する。  外装はお城のように見

  • 闇堕ちしたエリート医師は一途に禁断の果実を希う   chapter,3 + 3 +

     茜里第二病院。県の最北端に位置する山の麓一帯を切り開いて建てられた茜里総合病院に付随する特殊な病院である。  陸奥も古くから存在する地元の大病院の名前は知っていたが、そこがどういった場所かまでは把握していなかった。ただ、同僚の楢篠天の父親、赤根長比斗が現在の病院長として周辺一帯を牛耳っているという話は加藤木羚子から知らされている。「陸奥先生、そんなに険しい表情しないでくださいよ~。小手鞠ちゃんが怖がってますよぉ」 「怖がってませんっ」 ぷぅ、と頬を小動物のように膨らませて車椅子の上の小手鞠はふたりを見返す。  当たり前のように車椅子の運転をしているのは陸奥だ。場所が変わっても彼の運転は丁寧で、悔しいけれど心地よい。  その横で楽しそうに笑っている加藤木は、新しい環境下で落ち着かない小手鞠と陸奥の反応を面白がっているようだ。「そう? 陸の孤島みたいに山の中腹に位置する昔ながらの総合病院よ。怪談のひとつやふたつ……」 「加藤木、いい加減にしろ」 「ふふ、冗談だって」 陸奥と加藤木とともに、茜里総合病院へ転院の手続きを終えた小手鞠は、これから自分が治療にあたるための第二病棟に向かっているところである。  上空から見ると蜻蛉の形をしているという総合病院のメイン棟は手入れが行き届いていて、築年数の割りには古さを感じさせない。  その、渡り廊下を挟んだ先……通称茜里第二病院と呼ばれる特殊病棟は、最近になって増築したのか、蜻蛉病院と呼ばれるメイン棟と比べてこざっぱりとした外観である。「もっと小汚ないところを想像してたけど、良かったわ」 「加藤木、さっきからお前は……」 「荷物を置く際に職員寮も見てきたけど、至れり尽くせりじゃない? 病院というよりホテルよあれ」 「……まあ、私立の病院だからな」 あくまでも公立である地域医療センターと比べればその差は歴然としている。小手鞠の入院療養の諸費用については亜桜家が引き続き出しているとのことだが、桜庭財閥からの援助を打ち切られてからこちらの病院に移されることになったことを考えると、陸奥としては複雑な心境

  • 闇堕ちしたエリート医師は一途に禁断の果実を希う   chapter,3 + 2 +

    「それで、彼女に白羽の矢が立ったのか?」 「さあね。雨龍ならもう情報手にしているかと思ったんだけど、狸はまだ何も言っていないのね」 地域医療センターでは診療領域で問題があるからと、茜里を勧めたのはきっと天の父親だろう。彼は小手鞠を保護するという名目のもと、転院を強要させたに違いない。死にたがりの彼女を生かしつづけるため。  ーーそして、あわよくば彼女の腹に雨龍の子を孕ませるため。  前時代的な信仰が息づくこの地域では、選ばれし女神の器に優れた男を差し出すという奇妙な風習が残っている。子を為せば一族の栄華が約束され、諸神の一員として迎えられる……けれど、諸神を裏切った人間との間に子を為させることは、この世の終焉に値するとも信じられている。「ああ」 「……諸見里に気をつけて。彼らに奪われることだけは避けなくてはいけない。それならば雨龍、あなたが」 「よせよ。十八の小娘、しかも高次脳機能障害が残ってるんだろ? 俺にそんな趣味はない」 「……どうかしら。最悪の事態としてよ、それは」 「最悪の事態に陥ったら、ねえ?」 「あの狸はとりあえず器が使えるか判断したいだろうから……そうじゃなければあたしを放逐した意味がない」 「俺が拒否したら?」 「別の人間にお鉢が回るんじゃない? そうねぇ……」 ふと天の脳裡に浮かんだのは彼女の担当医としてここまでついてくることになった同僚の麻酔科医、陸奥允だ。  彼はまだ、彼女の存在意義を知らない。この異質な病院に毒されて、または狸に唆されたら、彼は諸神から追われる彼女を守る騎士に成り得るだろうか。「うちから担当医として麻酔科医が来るわ。彼を利用するか……」 「事情を知らない一般人を巻き込むのもどうかと思うが……まぁ、心に留めとくよ。そうは言っても狸の命令には表立って逆らえねぇからな……なるべく彼女が苦しまないよう、考えてはおく」 「雨龍」 「けど、狸も強情だよな。そこまでして彼女を……女神を赤根の家に縛り付けようとするなんて」 「それに気づいたから、桜庭蘭子は雪之丞が隠していた娘を切り捨てたのよ。彼

  • 闇堕ちしたエリート医師は一途に禁断の果実を希う   chapter,2 + 1 +

     二年近く植物状態だった亜桜小手毬が意識を回復させたというニュースは瞬く間に病院内へ拡がった。  彼女の両親は報告を聞いて仕事を放り出して真っ先に駆けつけ、陸奥と早咲に向けて感謝の言葉を述べつづけた。その横で小手毬が久しぶりに見たすこし老けた両親の顔を嬉しそうに眺めていた。  自由は小手毬の両親に会うことが叶わなかったが、病室で彼女が穏やかな表情をしているのを見て、ずっと心の奥底に沈んでいた重苦しい何かが氷解したのを感じた。「ジュウ、お、にぃ、ちゃん……」 病室に入ってきた人物が、自由だと気づいた小手毬は、囁

    last updateZuletzt aktualisiert : 2026-03-20
  • 闇堕ちしたエリート医師は一途に禁断の果実を希う   chapter,2 + 3 +

       * * * 「ふぅん。それで、キミはどう思ったんだい?」 「どうにもこうにも。オレはあくまで看護師であって、医者ではないからなんとも」 「医者である私がいいと言ってるんだ。言いなさい」 「天は強引だなぁ」 病院内の食堂で、ピンクの白衣を着た女医と、看護師の男性が並んでいる。ふたりの名札には「楢篠」の文字。彼らが夫婦であることは周知の事実だ。  今日の定食のおかずであるブリの照り焼きに箸をつけながら、楢篠天ははぁと溜め息をつく。  病院というのは意外と出会いの少ない職場

    last updateZuletzt aktualisiert : 2026-03-21
  • 闇堕ちしたエリート医師は一途に禁断の果実を希う   chapter,2 + 4 +

       * * * 「ミチノク嫌い」 「そんなこと言うなよ」 ベッドで横になっている小手毬の肩まで伸びた髪を、自由は宥めるように撫でる。小手毬がびくぅと身体を硬直させる。  事故当初は短く切り揃えられていたベリーショートも、今では肩まで伸びた。それでもあの頃の腰まで届く長髪を知る自由は、早く髪が元の長さに戻ればいいのにと思ってしまう。  小手毬は自由に撫でられるのを嫌がるように、ゆるやかなウェーブを描く髪を振り払う。他人に触れられることに過剰になっているようだ。自由はそっと手を放す。「ジュウ

    last updateZuletzt aktualisiert : 2026-03-21
  • 闇堕ちしたエリート医師は一途に禁断の果実を希う   chapter,2 + 5 +

       * * *  秋の陽射しが優しく車椅子の小手毬を照らす。柔らかい橙色のひかりを、彼女は心地よさそうに浴びている。  一年と十ヶ月、太陽のひかりを浴びずにいたのだ。さぞ気持ちのよいことだろう。  機嫌が良くなったのか、少女は瞼をひくひくさせ、しばし、まどろむ。  やがて。 「ねぇ」 少女は車椅子を運転している強面の看護師に、おそるおそる、話し掛ける。「なんだい?」 男性看護師は「楢篠」というネームプレートを胸元につけている。ナラシノと呼んでくださいと小手毬

    last updateZuletzt aktualisiert : 2026-03-22
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